トップ頁 > WEB連載 > WEB連載 農業には日本を変える力がある > 第2回 食のデフレは終わらない

世界の農業のなかで、日本の農業者ほど作物の品質を高め、生産性を高めてきた国はないと思う。これは自信を持って言えることである。
仕事柄、世界各国の農業を視察し、多くの国の農作物を見てきたが、日本の農作物ほど品質の高いものはほとんど見たことがない。味も、形も、日本の農作物は、群を抜いており、圧倒的に世界一だと思う。
日本の農家が、作物の品質をこれほど高めることができたのは、日本には四季があり、水が豊富で、恵まれた自然環境のなかで農業活動を営むことができたという要因がある。何よりもまず、自然の恵みに感謝しなければいけない。
それとともに、日本の「土地の狭さ」もプラス要因として働いてきたように思う。世界の国々は、大きな耕作地を使って農業をしているため、あまり努力しなくても、十分な収穫量を確保でき、一定以上の収入を得ることができる。その地域の気候風土を利用して、旬の時期に大量の農作物を収穫すれば、きちんと生計を賄えるようだ。
海外の人たちは、形の悪い農作物があったとしても、日本人ほど見た目にこだわらないようだし、大量に収穫すれば、形の悪い作物や、品質の悪い作物を取り除いても、販売可能な作物が十分に確保できる。
一方、日本の場合は、もともと耕作地が狭いことに加えて、土地の集約化もされておらず、何戸もの農家が、それぞれ小さな耕作地でバラバラに生産している。虫食い状態のような飛び地の耕作地で、作物を生産し続けてきたのが実情だ。だから、各農家は、「小さな土地でいかに収穫量を上げるか」という点に大きなエネルギーを注いできた。規格外の農作物ができるだけ出ないように、技術改良等の工夫も重ねてきた。
また、狭い土地で収入を上げるために、旬の時期に旬の作物をつくって、さらに、旬の裏側の時期にも、温室ハウスを建てて、別の作物をつくってカバーしている。旬を外して農作物をつくるような国は、海外にはほとんどない。最適な時期につくって、それで終わりである。
日本の農作物のなかでも、イノベーションが進み、技術的に非常に優れているものが「コメ」である。コメは、連作障害がない(毎年同じ場所で、同じ作物が穫れる)作物だが、その「コメ」の品種改良を続け、日本の「コメ」は非常に高い品質を誇っている。
このように、日本の農家は、技術改良を重ね、工夫を重ねて、品質を高め、狭い土地の中で生産量の増大に努めてきた。だから、世界一の品質の農作物を効率的につくることができているのである。
しかしながら、このように積み上げてきた各農家の努力をすべて無に帰するかのような流れが、「食のデフレ」である。せっかく品質の高い農作物を生産しても、ほとんど収入につながらない価格でしか販売できなければ、農業者としては、生活を維持できなくなり、やがては農業を続けることができなくなってしまう。
昨今の世の中の流れを見るかぎり、「儲かる農業」というのは、幻想に近いものではないかと思えてくる。「儲かる農業」に変えていくには、きわめて高いハードルを乗り越えなければならないようだ。
その最大のハードルが、「食のデフレ」である。食料品販売の世界は「供給」が「需要」を大幅に上回っている。少子高齢化が進み、国民の胃袋が徐々に小さくなっていくなかで、国外からも食料品が大量に輸入され、「供給」されている。それを売りさばくスーパー業界は、多数のスーパーがひしめき合った完全な「オーバーストア」状態である。各スーパーは、「もっと値下げをしないと、食料品を買ってもらうことができない」と考えて、仕入れ価格を1円でも安く抑えようとする。そのスーパーに食料品を供給しているのが農家の人たちである。
私たち農家の人間も、消費者が低価格のものを求めていることは重々承知している。だから、最高品質の野菜や果物を、可能な限り安い金額で販売できるように日々努力を重ねているつもりである。それでも、デフレの勢いは凄まじく、価格低下がどんどん進み、生産者の利益を大きく圧迫しているのが実情だ。
家庭菜園のようなものを除いて、年間50万円以上の農作物を販売する、いわゆる「農家」が、日本には約200万戸ある。そのうち販売金額が1,000万円以上の農家は、14万戸程度。比率にして約7%である。
誤解されると困るのは、「年収1,000万円」ではないということ。「売上げ1,000万円」である。さまざまな経費がかかるので、経費を差し引くと、おそらく手取りは600万円〜700万円程度。1人で1,000万円の売上げを稼ぐことは現実的にはかなり難しいため、売上げ規模1,000万円の農家のほとんどは、父母と夫婦二人の、3〜4人が力を合わせて、この金額を稼いでいる。
一家で600〜700万円程度の収入が得られれば、父母と夫婦、そして子供たちが、何とか食べていける。だが、それができているのは、わずか7パーセント程度である。
この7パーセントの農家だけが、かろうじて農業収入だけで食べていける農家であり、「専業農家」と呼ばれている。その他の農家は、農業をやりながら他の仕事もしないと食べていけないような状況で、「兼業農家」として生計を立てている。
農業だけで食べていける「専業農家」の割合は非常に少ないが、デフレが進む現在の環境においては、生産維持がいっそう難しい状態になっているのだ。
先日、スーパーマーケットに行ったところ、豆腐1丁が25円と30円で販売されていて、その価格に非常に驚いた。
これらの商品が「本日の目玉商品」として販売されているのであれば、「スーパーが赤字覚悟で販売しているのかな」という想像がつく。実際の価格は知らないが、たとえば、50円で仕入れたものを30円で販売するというようなことである。
あまりにも安い価格にビックリしたので、その後、何度もそのスーパーに足を運んでみた。すると、いつ行っても、毎回30円で売られているのだ。
このスーパーは、毎回赤字覚悟で販売しているのだろうか。
スーパーもビジネスである以上、そのようなことはできないはずである。高い確率で想像できることは、「製造業者から30円以下の価格で仕入れている」ということだ。安く買い叩かなければ、毎回30円で売れるはずがない。
豆腐屋さんは、少しでもコストを抑えようとすれば、海外からきわめて安い価格の大豆を購入するほかない。国産の大豆を使って豆腐をつくることなど、夢のまた夢である。
その結果、国産大豆農家は廃業に追い込まれる。やがて国内では大豆をつくることは不可能になり、大豆はみな輸入品ということにつながる。
国を憂う人たちが食糧自給率の問題をよく取り上げているが、その一因をつくっているのは、小売りの「モラルなき安売り競争」ではないかと思う。安売り競争が、農業を荒廃への道へと追い込み、いっそう食糧自給率を下げているのだ。
では、いったい誰が恩恵を受けているのだろうか。誰も気づいていないが、最大の恩恵を受けているのは、食料品を安く買える一般消費者だろう。
とはいうものの、一般消費者は、長期的に見て、本当に恩恵を受けていると言えるのかという疑問が残る。
30円の豆腐の例に戻ると、おそらく豆腐業者は、海外から仕入れた安い大豆を使ったとしても、30円以下でつくることはまずできないのではないかと思う。その結果として、豆腐業者が経営に行き詰まり、次々と破綻をしていけば、日本国内ではもはや豆腐の製造は行われなくなる。豆腐製造技術も継承されなくなるかもしれない。
行き着く先としては、お金持ちの消費者以外は、豆腐を口にできないということもありうるのだ。
また、大豆はこの先もずっと輸入に頼らざるを得なくなる。かりに、国際情勢の変化で大豆の輸入がストップすることでもあれば、豆腐に限らず、納豆、味噌など、大豆製品は口にすることができなくなるかもしれない。
これが本当に、消費者の利益であり、国民の利益なのだろうか。
生産業者と流通業者が、協力して価格を安くしていくことは必要だと思うが、採算割れで取引することが健全な状態とは思えない。
国民全体で、その点について考えていただきたいと私は思っている。そして、行きすぎたスーパーの安売り合戦には、歯止めをかけてもらいたい。そうでないと、日本のせっかくのすばらしい食文化が失われていくことにつながりかねない。
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