トップ頁 > WEB連載 > WEB連載 農業には日本を変える力がある > 第2回 食のデフレは終わらない

私は「農業は食品を供給する製造業」と考えることにしている。農作物の生産を製造業に置き換えてみると、わかりやすくなるからだ。
工業製品をつくるためには、土地や製造設備が必要となる。そして、原材料を仕入れ、人を雇って製品を開発・製造し、品質をチェックし、適正な価格で販売する。
農業にも、まったく同じことが言える。
農作物をつくるには、まず、土地を確保し、生産設備を整えないといけない。ハウスを建てたり、トラクターを購入したりして、インフラを整えていくことが必要となる。
他産業の人にはあまり知られていないけれど、農業はこうしたインフラ投資に相当なお金がかかる。ちょっとした投資をしようとすれば、すぐに3,000万円くらいは資金が必要となる。和郷園には、10台ほどのトラクターを持っている農場があるが、一番高いトラクターは1台1,500万円。10台全部合わせると、億単位の初期投資金額になっている。こうしたインフラ投資の金額は、一代では返済できないほどの高額になることが多いので、親子二代、三代かけて借金を返済していくことになる。
農業にとっての原材料とは、種子や肥料がそれに該当するだろう。マーケットニーズに合った農作物をつくるためには、原材料にも多くのお金が必要となる。農薬などに対する規制もきちんと勉強しておかなければいけないし、無農薬で生産しようとすれば、それだけ高い生産ノウハウが必要となる。
工業製品と違って、農作物は歩留まりが悪い。自然の作用によるものだから、人智を超えた力が働く。人間がどれほど努力をしても、何割かは規格外の農作物が出る世界だ。工業製品の世界では考えられないパーセンテージだと思う。一つずつ品質チェックして、規格外の商品は取り除いて、マーケットのニーズに合ったものだけを出荷していくことになる。
もちろん、規格外のものでも、大きさが違っていたり形が曲がっていたりするだけで、味は同じだし、安全性も同じである。世の中には「形は悪くても、おいしくて、安全ならいいのではないか」という人もいるが、お客様のニーズは違う。私たちはアンテナショップも持っているが、実際に店頭に並べてみると、見事なほどに、形のきれいなものから順番に売れていくのだ。
だから、私たちはスーパーや外食などの担当者から「こういう野菜をつくってほしい」と言われると、それを消費者のニーズだと考えて、味や規格も含めて、可能な限り、そのニーズに合ったものを生産しようと努めている。
販売面に関して言えば、農作物は需要と供給の関係で価格が大きく変動する。旬の時期につくった野菜は一番おいしく、栄養価も高いのだが、たくさん穫れるために、旬の時期には価格が大きく下がる傾向がある。非常においしい品質の良いものをつくっても、安い金額でしか販売できないのだ。旬の時期に適正な利益が得られなければ、再投資するお金がなくなり、農家は事業を継続できなくなる。
このように、製造業に置き換えてみると、農業に潜在するさまざまな課題が浮かび上がってくる。
もちろん、農業の場合は、工業とは違う面もたくさんある。工業生産に近い形で生産できる品目もあるが、一定の自然条件の中でのイノベーションには限界があるため、結局は「土地の規模」で決まる土地利用型の品目も少なくない。
工業との類似点、相違点を見極め、これらの課題を一つずつ解決していくことが、農業の再生につながるはずである。それを解決していく手段が、次に述べる「経営」というものである。
農家は、これまで「経営」をあまり必要としてこなかった。高度成長時代には、どんなものでもつくれば買ってもらえたし、食べてもらえた――と言っても言い過ぎではない。生産者は、とにかくつくることだけを考えていればよかった。
高度成長期には、農家は、世界に目を向けたり、世界に進出することを考えたりする必要もなかった。日本が世界第2位の経済大国にまで発展していく過程では、日本国内が最大のマーケットとして機能していたので、海外に目を向ける必要はなかったのだ。生産者にとっては、非常に有利な時代だった。そこに胡坐をかいてしまった面もある。
また、長年補助金をもらって生産してきたため、それが当たり前のように感じてしまった農家もある。下駄を履かせてもらって、その上に農業が成り立っていたのである。
下駄を履かせてもらわないと成立しない品目もあるので、やむを得ない面はあったが、徐々に補助金頼みになって、事業者として「経営」を意識することを忘れていったようだ。
農家1軒1軒は小さな存在だが、それでも、1個の事業体である。みな経営者であり、社長なのだ。事業として、市場経済の中で成り立たせていくためには、「経営」が不可欠である。とくに、現在のようにマーケットが縮小し、デフレが続く時代には、なおさら「経営」が必要である。
だが、農家の人たちは経営者教育を受けているわけではないので、経営のスキルは身についてはいない。マーケットのニーズをどう判断し、どこと協力して、どんな戦略でやっていく、というような合理的判断をする訓練を受けた人もまずいない。成り行きで経営をしているようなものだ。
なかには、経営者の器ではないのに社長をしている人もいる。そういう農家は、補助金という下駄でも履かなければ、たちどころに経営が行き詰まってしまう。
農業分野は、株式会社が参入しても利益を生みにくい世界だと述べたが、株式会社の人たちが農業に正しい「経営」を持ち込んでくれることは意味のあることだと思う。各農家が、経営感覚を持って取り組んでいけば、事態はまた違ってくるはずである。
和郷園とそのメンバーは、自分たちが、製造業であり、かつ流通業であると考えているので、「経営」について常に意識をしている。
農家は、「経営」を学び、経営感覚を身につけ、小売業者と良い関係を結んで、適正利潤を得るようにすることが必要だと思う。
いま世の中では、農業に対する関心がとても高まっていて、「真面目に農業をしている人をつぶしてはいけない」という意見を持ってくださる方もたくさんいる。それは農業者の一人として、とてもありがたいことである。
しかし冷静に考えてみると、農業だけが「真面目にやっていたら、つぶれない」というのは、他産業の人から見たら不公平に思えるのではないかと思う。農業だけが、世の中にとって必要不可欠な産業というわけではない。
他産業の人も、まじめに働き、一生懸命モノをつくっているのに、つぶれてしまうことがいくらでもある。その人たちが救われないで農業だけが救われるというのは、公平ではないように思う。
農業を支援してくれる人に感謝しつつも、農業者は、自分たちでもきちんとした経営努力を積み重ねていかなければならない。取引業者に自分たちの考え方を伝えることも必要だ。せっかくコストをかけてつくったものなのだから、一定程度の利益が確保されるように、価格の申し入れをすべきだろう。あるいは、直売をしたり、産直をやったり、契約生産をしたりして、工夫を重ねていくことも必要である。
いまの20代くらいの若い農業生産者は、実は自ら「経営努力をしよう」という意識がとても強い。一律に補助金を配ることによって、若い熱心な農業者と、これまでどおりのやり方を単に踏襲している農業者が同じように待遇されることは、若い農業者のモチベーションを下げてしまうことにもつながりかねない。
また、一口に「農家」と言っても、実は、生産品目によって、事情は異なっている。トマトをつくっている農家も、ニンジンをつくっている農家も「野菜農家」と言われているが、トマト農家とニンジン農家は、建設業で言えば、電気屋さんとペンキ屋さんくらい違う。「野菜農家」と「コメ農家」では、さらに大きく違う。建設業のなかの電気屋さんとペンキ屋さんを一括りにできないように、「農家」も一括りにすることはできない。
農作物の中には、補助金がなくても、マーケットのなかで生き残っていける品目もある。その一方で、コメのようにマーケットの中ではとても生き残っていけない品目もある。
一口に「農家」と言っても、品目によって、事情はまったく異なっている。それらの「農家」に一律の政策をとることが良いとは思えない。また、一律に補助金を出すことも良いとは思えない。補助金を出すにしても、そのやり方はきちんと検討していかなければいけないだろう。
ここまで指摘してきたように、農業には、デフレの問題、農家自身の経営の問題など、多くの課題が存在している。これらを一つひとつ解決していくことが、農業の再生につながっていくと思う。
そこで私たちは、農業の再生に少しでも役立てばとの思いから、小さな取り組みではあるが、「和郷園」という新しい取り組みを行っている。
木内博一(きうち ひろかず) 農事組合法人「和郷園」代表理事
1989年、農林水産省農業者大学校卒業。同年、家業の木内農園に就農。91年、有志4名とともに野菜の産直(産地直送)を開始。96年、有限会社「和郷」を設立、代表取締役社長。98年、農事組合法人「和郷園」を設立、代表理事。2005年、有限会社「和郷」は株式会社「和郷」に組織変更、代表取締役社長に就任。08年11月、千葉県農林水産功労者賞を受賞。
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