トップ頁 > WEB連載 > WEB連載 農業には日本を変える力がある > 第2回 食のデフレは終わらない

農業経営に株式会社の経営を取り入れるために、「株式会社をもっと農業に参入させてはどうか」という意見がある。だが、あまり進んでいないようだ。
批評家の方のなかには、「政府が農家を守るために、株式会社の参入を阻んできた」と批判をする人もいるが、私は必ずしもそうではないと考えている。
政府が株式会社の参入を規制してきたのは、「農家を守る」ということよりも、「農村の荒廃を防ぐ」ことが目的だったのではないだろうか。
株式会社は、利益追求を目的とした組織である。利益が出なければ、農業に参入したとしても、撤退せざるを得なくなる。そのときに、株式会社は投資金額を少しでも回収しなければならないから、購入した土地を高値で売却しようと考える可能性が高い。その売却先が、日本企業や日本人であるとは限らない。より高い値段で買ってくれるのであれば、外国企業にも売ろうとするだろう。
外国企業は、そこに工場を建てたり、マンションを建てたりすることによって十分に投資回収できると考えれば、少しくらい値段が高くても土地を買うことになるはずだ。
このような事態を許容すれば、農地は次々と農業以外の事業者に買われていって、農村が荒廃してしまう。耕作地と隣接したところに、工場やマンションが建ち並ぶ可能性もある。それらの事態を防ぐために、国は、株式会社の参入を規制してきたのではないかと私は考えている。
では、株式会社が参入した場合に、撤退せずに、農業をずっと続けていけるだけの利益を上げることができるだろうか。それはきわめて難しい――というのが実情である。
飲食店チェーンなど自社で農作物の需要先を抱えている会社は、ビジネスとして成立させられるかもしれないが、参入企業は、「農業は、投下資本に対して、利益の回収率がきわめて低い」という事実に、参入して初めて気づくはずだ。
農家がつくっている農作物を大手企業がつくることになれば、農作物は、ほぼすべて「採算割れ商品」となる。農業がかろうじて成り立っているのは、ほとんどの農家が家族経営であり、労働組合もなく、低賃金で運営されているからである。
また、各種の補助金の制度もある。「農業に対する補助金は、農家を救うためのバラマキだ」と言われることもあるが、実際には、補助金が農家の懐を潤しているわけではない。
農業というのは、土地やハウスや耕作機械を要するインフラ産業であり、補助金を受け取ることで、農家はインフラの初期投資を抑えて、原価を安く抑えることができる。補助金がなければ、農家はインフラに投資する資金を借金だけで賄い、永遠にその借金を返せなくなり、破綻してしまう可能性が高い。また、補助金をもらっていたとしても、出荷時には採算割れに近い価格で販売しているため、農家の収入にはつながっていない。結局のところ、補助金は、農家を潤しているのではなく、破綻を食い止めているにすぎない。
これが農業の実態だから、株式会社が農業に参入しても、利益を上げるのは難しい。企業が農業に参入すれば、必ず生産コストは上昇するはずだ。補助金を受けることができなければ、初期のインフラ投資にかなりのお金がかかり、減価償却費が増える。また、労働組合のある企業が多いだろうから、組合との交渉によって、一定以上の賃金を保証しなければならなくなる。低賃金の家族経営による運営とは、生産コストが違ってくる。
かたや、スーパーなど需要者側からは、きわめて低価格での納入を求められる。この流れが続くかぎり、株式会社による経営では「農作物をつくればつくるほど赤字が出る」という事態に陥るのは目に見えている。参入して初めて、「農業は儲かる仕事ではなかった」ということに気づくのではないだろうか。
コスト面だけの問題ではない。農業は、自然相手の仕事だから、長年積み重ねた経験に基づく知恵や技術がなければ、生産はうまくいかない。私の感覚では、農業者として一定の技術を発揮するには、最低20年以上の耕作経験が必要だ。天候・気象条件によっても、大きなリスクを被る可能性がある。
このように、農業は非常に不確実性の高いビジネスである。だから、企業は簡単には手を出せない。
農業に株式会社が参入できないのは、法律の規制があるということだけではなく、「不確実性が高く、簡単には儲からない仕事」だからである。
農家から出荷された農作物が、エンドユーザー(最終消費者)の手に届くまでには、多くの流通業者の手を経る。その流通の複雑さゆえに、流通段階でマージンが加算されて高コストになっている――という見方をする人もいる。
しかし、あいだに入っている業者も、非常に厳しい経営状態となっている。市場も、仲卸しも、ほとんどが赤字と言ってもいい。
川下のスーパーも、1人でも社員を減らして人件費を削らないと赤字に陥りかねない状況だ。同じく川下の外食産業も、昨今は赤字に陥りかねない状況である。
川上から川下まで、生産者である農家も、仲介者も、小売りや外食も、みな赤字すれすれのところで経営をしている。誰も儲かっていない。
では、誰が得をしているのか。生産から流通まで、誰も利益を得ていないとすれば、一番利益を得ているのは、結局は「消費者」ということになる。
この事実に誰も気がついていないようだ。低価格で恩恵を受けているのは、実は消費者なのである。
農家には、国から補助金も出ているが、前述したように、補助金は初期のインフラ投資にほとんどが消えていく。また、出荷の段階では、インフラ投資がかりにゼロ円だと考えたとしても、利益が出ないような金額で取引される。
だから、補助金を受けていても、農家が潤うわけではなく、実際に補助金を受け取っているのは、本当は「消費者」と言ってもいいくらいだと思う。農家を介して、消費者が国から補助金を受け取って、低価格農産物を購入できるメリットを享受しているのである。
日本人はあまり気づいていないが、世界の国々の人と較べると、日本人はとても恵まれた食生活をしている。
日本では、世界中の国の食べ物を、日常的にいつでも食べられる。お金持ちでなくても、学生さんでもポケットマネーで和洋折衷の料理を楽しめる。
「昨日は焼き肉だった」
「今日はお寿司を食べよう」
「明日は、中華にしようかな、久しぶりにカレーライスも食べたいな」
「週末は、パスタでも食べようかな」
学生さんの場合は、一流シェフが目の前で料理をつくってくれるような店で食べることは無理かもしれないが、コンビニに行けば、だいたいのものは売っている。中華料理でも、お寿司でも、パスタでも、カレーライスでも、食べようと思えば、いつでも簡単に食べられる。
一般庶民がこれほどの贅沢なことができるのは、日本くらいではないだろうか。先進国を見ても、ここまでバラエティに富んだ料理を、一般庶民が、日常的に食べられる国はない。日本では、学生さんまでもが世界中のおいしい食べ物を日常的に食べられる。
このようなことができるのは、流通網・物流網が網の目のように発達し、和の食材も、洋の食材も、日本全国のほぼどこでも、簡単に、低価格で手に入るからである。冷凍輸送も当たり前のように行われていて、鮮度も保たれている。
このような仕組みが整っているから、一般消費者が、世界中のおいしい料理を食べることができる。しかも、生産者、流通業者、販売者などが、わずかな利益を分け合ってくれるおかげで、非常に低価格で食べることができているのだ。
しかし、デフレがどんどん進んでいき、誰もが適正利益を得られない状態が続くと、やがて、生産者も流通業者も破綻しかねない。いまは、その寸前まで来ていると言っていいと思う。
人は、食べ物がなければ生きてはいけない。だから、この日本の食品生産・流通システムを破壊してしまってはいけない。農業を活性化させ、高度な流通網を維持し、そのうえで、消費者が一定の恩恵を得る――という健全な状態をつくっていかなければいけないのではないだろうか。
日本の農業や食生活を守っていこうとするのであれば、消費者の方にも、少し考えていただきたいと思う。やや不便になるのを我慢していただいたり、少し高い食料品も買っていただいたりして、みんなでこの便利で豊かな食文化を壊さないようにしていくことが重要だと思う。
ちなみに、私はこの食品生産・流通システムは、日本が世界に誇れる食文化の一つのモデルだと考えている。「いつでも、どこでも、世界中の料理を食べられる」というモデルは、世界に輸出できる強みを持っている。食文化と高度な流通システムをパッケージにして世界に広げていけば、国の一つの収益源になるのではなかろうか。
残念ながら、現状では、それぞれの分野が分離されてしまっている。生産する人、加工する人、流通させている人が、バラバラに動いていて、それぞれが、駆け引きを行っている。
世界に誇る食文化・流通網であることを意識して、お互いが「共通の利益を目指すビジネスパートナーである」と考えれば、もう少し統合されたネットワークになり、新たなビジネスチャンスが出てくるはずだ。
たとえば、外食産業が海外に店を出そうとするときに、流通企業が「それならば、うちも一緒にその国に行って、うちは流通網をつくりますよ」、生産業者は「じゃあ、うちはその国でおいしい作物を生産しますよ」といったように、一緒に出ていけば、日本の食文化を、生産から流通までパッケージにして輸出できるのではないかと思う。
せっかく世界に類を見ない素晴らしい食文化と流通システムを持っているのだから、強力なリーダーがイニシアチブを取って、「一緒に海外進出を目指す」というようなことができれば、「農業&流通&外食」は、一大輸出産業になるのではないだろうか。
いずれにせよ、世界に誇る「日本モデル」を壊さないように、お互いをつぶし合う過度な競争をさせない知恵が必要と言える。お互いが共通の利益を目指すパートナーであるという意識を持つことが大切だ。
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