トップ頁 > WEB連載 > WEB連載 “女子”の心得 > 第1回 現代の「女性論」に惑わされるな

女性が生きていくうえで、幸せな生き方とはどのようなものでしょうか。
十数年前に大学を卒業した私の教え子の女性たちは、その大部分が何らかの職をもち、働いています。団塊ジュニアの彼女たちはみな一様に、その親の世代から「女性であっても自立すべきである」「職に就いて自分の身は自分で処すること」「働かざる者食うべからず」と言われ続けて育ったといいます。
そのうちの一人は、大学を出て就職する際も、なんの疑問も抱かず、それ以外の選択肢は思い浮かばなかったそうです。
「子供の頃から、親にはまるで呪文のように『高校出たら大学に行って、大学を出たら会社で働く』。そういわれていました。人生とはそういうもんだ、って言われ続けました」
呪文のように子供の頃から刷り込まれていた「会社で働く」という命に素直に従って就職したものの、会社員であることに体が拒絶反応を起こし、1年半で退社。「もう会社員にはならない!」と静かに決意してアルバイトを転々としていましたが、期せずしてシングルマザーとなったのをきっかけに、そのときアルバイトとして勤務していた会社に、社員として登用される道を選びました。
社会に出てはじめて、女性が働いて、一人で生きていくとはどういうことかについて、身をもって考えてきた彼女は、現代の働く女性たちについて次のようにいいます。
「硬いスーツに身を包み、男と肩を並べてバリバリ仕事をこなしていくキャリアウーマン像なんて、もう古いんです。いまはむしろ、キャリアアップもこなしつつ、女性らしく容姿にも気をつかい、プライベートも充実してはじめて『幸せ』な女性と見られます。がんばっている自分へのごほうびと称して、稼いだお金を自分の趣味や息抜きに使う発想が『おひとりさま』ブームを支えていたんです。でも、おひとりさまは要するに、一人でも悠々暮らしていけるほど経済的余裕があって、自分の社会的身分にも満足できている人の発想ですよね。
その一方で、女はやっぱり子供を産んでこそ、という意識は社会に根強くある。キャリアがあるだけではだめで、じつはママでもあるのが、できる女の条件なんです。負け犬にならないために、婚活もしなきゃならない。
仕事をもちながら子育てもする女性のためといって、社会を挙げて『ワークライフバランス』が叫ばれています。効率よく、お得に、より稼ぐことができる能力が、女の『幸せ』を実現する条件であって、『幸せ』の度合いはお金に換算されるんですよ。仕事と家庭を両立させたら、幸せな人生といえるのか。そこはなんとなく漠然としたまま、両方を追いかけて誰もが汲々している感じですね」
彼女の同級生であるもう一人の女性は、大学卒業後、大手新聞社に入社しました。入社後ほどなくして赴任した地方で先輩と社内結婚しましたが、その後もそれぞれが全国各地での勤務を命じられています。
どの土地に勤務しても、仕事に忙殺されることには変わりありません。1人目の子供は24時間稼働の保育園に預けながら働きました。2人目の子供の育児休暇から復帰した現在は、同居する義父母に子供の世話を助けてもらいながら(夫は地方へ単身赴任中)、夜勤もこなすという激務ぶりです。
「自分の母親も働いていて、私自身もおばあちゃん子だったので、母親業をやりながら働くこと自体に抵抗はありませんでした。仕事が忙しくて子供の顔も見られない日が続いたりすると、さすがに悲しくなってくるし、子供にも義父母にも悪いなぁと思いますけど。それでも、仕事をして稼ぎがあってこそ、社会で一人前に自立できているという意識があるから、辞めようとは思いません」
子育てをしながらがむしゃらに働く彼女の姿は何も特別なものではなく、同性の同僚を見渡しても多かれ少なかれ同じだ、といいます。ウィークデーは姑、実母、ベビーシッターのローテーションを組んで乗り切る女性。小学生の子供の勉強を見るために、夕方いったん家に帰って一緒に過ごし、子供が寝た深夜に業務をこなす女性。毎朝5時に起き、コーヒーで目を覚ましてから、子供が起きてくる前に炊事・洗濯などの家事をする女性・・・・・・。
「ワークライフバランスや女性の働きやすい職場が議論されていますが、『女性だから』といっていられる職というのは、社会のごく一部だと思います。『とにかく事務所に詰めていてなんぼ』だったり、私のようにタイミングを逃がすことが絶対に許されない仕事をしている現場では、女だからなんていっている暇はありません。
その一方で、母親であることもまた大変な仕事です。『子供は自ら育つ』なんていうのは昔の話で、いまはやっぱり、親が人の育つ環境を整えてやらないといけない。子育てもまた、待ってはもらえない。ほんと、一にも二にも体力勝負です」
いまの女性が、仕事と家庭生活の両方で高い成果を求められているとしたら、それはとても大変なことです。だから当然、男性にも、仕事だけでなく家事・育児でも成果を出せという流れになっているのでしょう。けれども、女性に対してであれ、男性に対してであれ、仕事と家庭生活両方で高い成果を要求するというのは、あまりに過酷な話なのではないでしょうか。というか、そもそも、仕事と家庭生活という「二つ」のものがあるという発想自体が、根本的に変だと思いませんか。
厚生労働省あたりが、しきりにワークライフバランスというようなことをいっています。この言葉の意味を素直に受けとめれば、人間にはワークとライフという二つの異なる、すべきことがあって、そのつりあいを取るというふうに理解できます。しかし、「生きる」(ライフ)ということ以外に人間のすることなんて存在するのでしょうか。働くことも、遊ぶことも、育児も、食べること寝ることも、全部「生きる」ことのなかに含まれる一部分なのではないでしょうか。
ワークライフバランスの「ワーク」とは、要するにお金を稼ぐことです。本来、ライフの小さな部分に過ぎないワークが、ライフと肩を並べる偉そうなものになって独立してしまっている。このことが、今日の女性の(じつは男性も同じなのですが)大変さの最も深い原因だといえるのです。
ワークとライフが、仕事と家庭というかたちで分裂したのは、ここ数百年、つまり近代の産業社会ができあがってからのことです。男女の違いが「差別」というかたちで問題になってくるのも、産業社会の成立と深く関係しています。言い換えると、それ以前の社会では、男女の違いは「区別」であって「差別」ではありませんでした。今日の女性の生き方を考えるには、産業社会以前・以後の比較も何かの参考になると思います。その点は、あとで詳しく述べていきます。
さて、最初の例で挙げた私の教え子の話のなかに、「自立」強迫観念とでもいうべきものが出てきました。自立というのは、たしかに人間にとって大切な理想です。生きる喜びや誇りは、自立しているという意識と切り離せないものでしょう。それは、あとのほうの例の女性の言葉にもよく表れています。
しかし、彼女たちのいう「自立」には、ちょっと気づきにくい、ある種の思い込みが隠れているように思います。それは、自立の単位は徹頭徹尾「個人」でなければならないという思い込みです。
たしかに、精神は個人のものですから、精神的自立は個人単位です。しかし、経済を含めて自立した生活は、そもそも個人単位では不可能です。人類始まって以来、自立した生活の単位は、複数の人の共同体、具体的には「家」でした。人間はバラバラの一人では生きていけないというのは当たり前のことなのです。そして、家の一員だったら精神も自立していないかといえば、けっしてそんなことはありません。自分は自分だという意識は、古今東西変わることのない普遍のものだからです。
「自立した生活単位は個人」という考え方も、お金を稼ぐことが生きることと対置された近代産業社会のあり方と深く関わっています。ここでも、近代以前・以後ということが問題となってくるでしょう。
前の例の女性の言葉にあるように、個人単位の自立(「おひとりさま」)は、お金の稼ぎ(「ワーク」)がライフをカバーできるような恵まれた条件がないと不可能だというのが、多くの女性(じつは男性も)の実感ではないでしょうか。一方、ライフがワークをカバーするには、結婚して家単位の拠点をつくるという戦略が有効であるという直感も、二人の言葉から伝わってきます。
ワークとライフの分裂が今日の女性の「大変さ」の原因であるとするなら、その分裂はなぜ起こったのか。そうして、ワークとライフの「バランス」ではなく、より根本的に、二つの「統一」はできないのだろうか。以下、産業社会以前の日本の女性のあり方をふり返りながら、そうしたことを考える材料をいくつか示していきたいと思います。
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