取材・構成 : 塚田有香
知っているようで知らない
「コンプライアンス」のほんとうの意味
「コンプライアンス」という言葉はきっと耳にしているはず。だが、その意味するところをほんとうに理解しているだろうか? 日本にコンプライアンスの考え方が本格的に導入された時点から、そのルールづくりに携わってきた、サーティファイコンプライアンス委員会の野村修也先生に、誤解されがちな「コンプライアンスの真の意味」についてうかがった。
【お話をうかがった先生】
野村修也(のむらしゅうや) / 中央大学法科大学院教授
1962年、北海道生まれ。中央大学法学部、同大学大学院法学研究科を経て、92年、西南学院大学法学部助教授、98年、中央大学法学部教授に就任。同年、金融監督庁検査部(現金融庁検査局)非常勤参事となり、企業のコンプライアンスに関するマニュアルの策定に関わる。現在は、中央大学法科大学院教授、森・濱田松本法律事務所客員弁護士を務めるかたわら、多数の政府専門会議の委員を務める一方、2011年4月より、サーティファイコンプライアンス検定委員に就任し、正しいコンプライアンスの普及に尽力している。
この十年ほどで、「コンプライアンス」という言葉は日本でも広く浸透しました。しかし、その意味はいまだに誤解されたまま伝わっていることがほとんどです。
コンプライアンスは「法令遵守」と訳されますが、英語の「compliance」の本来の訳は「応じること、適合すること」であって、そこに「法令」という意味は一切含まれません。考えてみれば、法律を守るのは企業として最低限の義務。となれば、企業がめざすべきものはもっとほかにあるはずなのです。いうなれば、社会や消費者からの要請に応え、自社の信用やブランドを築き、それを守っていくことが、本来の意味でのコンプライアンスだといえます。
さらに、「遵守」という言葉に注意がいき過ぎたためか、コンプライアンスといえば「法律を守ったか、守らなかったか」だけが議論されがちです。これは決して望ましいことではありません。
コンプライアンスの真髄とは、ただ法律を守ることではなく、企業価値を守るための「リスク管理」だということを意識するべきです。そうしたリスク管理の体制をつくり、それを発展的に運用していくことが必要となります。そのプロセスこそが大切であり、法律を守ったかどうかという結果だけをみてはいけないのです。
たとえば、駅前に二軒のホテルが並んでいるとします。一軒目は、防火シャッターもスプリンクラーも設置されておらず、緊急時を想定した訓練もしていません。一方、二軒目のホテルは、防火設備を備えたうえに、従業員も緊急対応のトレーニングを積んでいます。
二つのホテルのうち、どちらが顧客から選ばれるかは明白でしょう。一軒目のホテルが、たとえ百年間一度も火事を起こしたことがなかったとしても、説得力はありません。利用者に必要なのは「これからのリスクが管理されていること」であって、過去の結果ではないからです。仮に二軒目のホテルが以前に火事を出したことがあっても、その経験を踏まえたリスク管理体制が整っているのであれば、多くの顧客はこのホテルを選ぶはずです。
ところが、実際に不祥事を起こす企業の多くは過去の結果だけをみて、「ウチはこれまでちゃんとやってきた」と主張します。最近も、ある焼肉チェーンでユッケが原因と思われる集団食中毒が発生しましたが、そのときも経営者から、「これまで、生肉で食中毒を出したことはなかった」という釈明が聞こえてきました。しかし、それは消費者にとって、何の言い訳にもなりません。
この会社がコンプライアンスを重視した経営を行なっていたら、生肉を衛生的に管理するノウハウを蓄積し、マニュアル化してスタッフ全員で共有するなど、「絶対に食中毒を出さない」という意識を全員で高める体制をつくっていたでしょう。こうした事例は、決して他人事ではありません。結果ばかりを重視して、プロセスをないがしろにしているために、気づかぬうちに大きなリスクを抱えている企業は非常に多いのです。

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