トップ頁 > WEB連載 > WEB連載 『現代版宝島物語――「オフショア」の秘密』 > 第1回 日本経済を裏から見る「視点」

WEB連載

WEB連載

WEB連載

WEB連載 バックナンバー

『現代版宝島物語――「オフショア」の秘密』 野口悠紀雄(早稲田大学教授)

第1回 日本経済を裏から見る「視点」
国際収支表に現れる奇妙な存在「ケイマン諸島」

 「国際収支」という統計がある(http://www.mof.go.jp/1c004.htm)。これは、日本と海外との経済的な取引を記したものであり、大変重要な統計だ。たとえば、09年3月9日に公表された1月の国際収支表では、日本の経常収支が赤字になった。これは日本経済の構造が大きく変わったことを示すものとして、注目を集めた。4月8日に公表された2月の国際収支表では、経常収支は黒字になったものの、黒字は前年同月比55.6%という大幅な減少になった。

 これにかぎらず、この統計には重要な情報が沢山ある。これは大変重要な統計である。重要である。重要である。重要である……。

 そのとおりだ。しかし、数字が並んでいるだけで、じつに退屈な統計である。一見したところ、面白くもなんともない。

 ……だが、ちょっと我慢して、もう少し付き合っていただきたい。

 この統計の一部として、「地域別国際収支状況」という表がある(http://www.mof.go.jp/bpoffice/bpdata/pdf/rbp080709.pdf)。そこには、世界の国あるいは地域別に日本の国際収支状況がどうなっているかが示されている。

 いくつかの欄があるのだが、そのうちの「所得収支」を見よう(所得収支とは、海外への投資から受け取る配当・利子などの収益と、海外からの投資に支払う配当・利子などを記したものである)。2008年7−9月期の「受け取り」を見ると、中国から1239億円、アメリカ合衆国から1兆8973億円、オーストラリアから1928億円などという数字が並んでいる。日本はこれらの国に資産を保有していて、これだけの額の収入を利子や配当という形で受け取っているのだ。

 表をもう少し見てゆくと、「ケイマン諸島」という欄があることに気付くだろう。そこの数字を見ると、受け取りは3347億円だ。

 かなり大きな数なので、きっと驚かれたと思う。何しろ、アメリカからの受け取りのほぼ6分の1なのだから。そして、中国やオーストラリアよりかなり大きい。08年7−9月期の日本の所得収支の受け取り総額は5兆7143億円なので、その5.9%ほどになる(アメリカの比率は、33.2%だ)。

 これだけ大きな数字になるのは、日本がケイマンに多額の投資をしていることを意味する。アメリカに投資した額のほぼ6分の1の投資をしたことになる。

 では、いったいいかなる対象に投資しているのか? ケイマンに何があるから、これだけの資金を引き付けられるのか? それだけの投資にみあう工場団地でもあるのか? あるいは、何か大規模な開発プロジェクトなどが? 

 そもそも、ケイマン諸島とはどこにあるのか? 日常生活ではあまり名前を聞くことがない場所だが、国際収支表ではなぜこのように大きな存在となって現れるのか? 

 ここまで来れば、多分、興味をもっていただけたと思う。国際収支表にも、結構、面白い部分があるのだ。

 面白いだけではない。重要なのだ。

 OECD(経済協力開発機構)は、かねてから「ケイマン諸島のような国」(その正確な意味は、あとで説明する)に対する規制を強めようとしている。先般ロンドンで開かれたG20(20カ国・地域財務大臣・中央銀行総裁会議)でも、「ケイマンのような国」をどうするかが話し合われた。

 これは、今回の金融危機において、「ケイマンのような国」が大きな意味をもっていたことを意味する。では、その「意味」とは、どういうものなのか? これが、この連載で解明したいテーマである。

ケイマンの奇妙な性格

 ケイマンの性格を捉えるには、つぎのようないくつかの事実がヒントになる。

 貿易収支を見ると、08年7−9月期で、日本の全世界輸出総額が21兆332億円、輸入の総額が20兆5468億円だ。アメリカとのあいだでは、輸出が3兆4809億円、輸入が1兆8754億円であるから、全体に占めるアメリカの比重は、輸出が16.5%、輸入が9.1%だ。これらの比率は、先に見た所得収支受け取りの場合の比重の2分の1と3分の1であり、あまり大きな差はない。

 ところが、ケイマンとのあいだでは、輸出が49億円、輸入が12億円なのである。日本全体の数字に占める比率は、輸出が0.02%、輸入にいたっては0.006%であり、ほとんど取るにたらないゴミのようなものである。日本との貿易関係は、ほとんどゼロなのだ。所得収支受け取りにおけるプレゼンスの大きさとは、比べ物にならない。このように、日本とケイマンの経済関係は、きわめて偏ったものである。

 奇妙な性格は、所得収支そのものにもある。上では「受け取り」を見たのだが、「支払い」を見るとどうか。08年7−9月で、日本全体では1兆1783億円の支払いだが、ケイマンへの支払いは927億円で、全体の1割近くになる(アメリカへの支払いは2138億円だから、その半分近くだ)。

 特徴的な点は、受け取りと支払いの比率である。日本全体では5兆7143億円対1兆1783億円、つまり、受け取りは支払いの4.8倍であるのに対して、ケイマンは3347億円対927億円、つまり受け取りは支払いの3.6倍にしかならない(アメリカの場合は、受け取り1兆8973億円は、支払い2138億円の8.9倍だ)。つまり、ケイマンの場合には、受け取りと支払いの額が近いのである。つまり、多額の受け取りがある半面で、多額の支払いもある。日本との投資の関係は、一方通行的なものではないことがわかる。

 これから想像できることは、「ケイマンは投資の最終到達地点ではなく、経由地なのではないか」ということだ。実際、そうなのである(ヒントを、少し出しすぎてしまった!)。この詳しい内容は、後の回で述べることにしよう。

パラダイスのような南国のリゾート地で何が行なわれているのか?

 ケイマン諸島はどこにあるのかといえば、カリブ海にある。キューバの南だ。広さは259平方キロだから、淡路島(592平方キロ)の半分くらいということになる。人口は約4万2000人。イギリスの海外領土で、首都はジョージタウン。自治権があり、議会をもっている。総督と首相がいる。

 ところで、この島はロバート・ルイス・スティーブンソンの『宝島』のモデルだといわれている。そう聞くと、がぜん想像がかき立てられる。実際、『宝島』の最初にある島の地図を90度横倒しにしてみると、なんとなくケイマン島のような形になるのだ。ひょっとして、キャプテン・キッドの財宝は、いまでもこの島のどこかの木の下に眠っているのではあるまいか? それが、上で述べた巨額の収益の源泉では??? 

 そこで、「グーグルマップ」の航空写真で調べてみよう。最大限に拡大すると、自動車が簡単に識別できるくらいの画像になる。エメラルド色の海に沿って、瀟洒【しょうしゃ】なリゾートホテルや別荘のような建物が並んでいるのが、よくわかる。沈んでゆく太陽が西の空と海を赤く染めている写真などもあって、じつに美しい。ここは、パラダイスのような南国のリゾート地なのだ。

 そこで、最前からの問いに戻ることにしよう。ケイマンには、いったい何があるのか? 投資に値する工場団地や都市開発プロジェクトがあるか? あるいは、根元に宝が埋められていそうな高い木は? 

 何もない。ここで重要な産業活動が行なわれている形跡は、グーグルマップの航空写真で見るかぎりは、まったくない。キャプテン・キッドの木も、残念ながら見つからない。

 では、それにもかかわらず、日本がそこからアメリカの6分の1もの規模の投資収益をあげられるのは、なぜなのか? いかなる経済活動が行なわれているために、それが可能になるのか?

 その答えは、「わからない」のである。大雑把【おおざっぱ】なことは、これからの回で述べるようにわかるのだが、何がなされているかに関する具体的で詳細なことは、わからない。

 じつは、「何が行なわれているかがわからない」ことが重要なのだ。それこそが、ケイマンの価値なのである。

 ここまで来れば、国際金融というのは、「007 ジェイムズ・ボンド・シリーズ」と同じくらいミステリアスで、エキサイティングだということが薄々と感じられることと思う。子供のときにスティーブンソンの『宝島』を読んで胸をときめかせた経験がある読者(余談だが、私もその一人である。宝島の地図に触発されて、『15少年漂流記』の島の詳細な地図をつくったこともある)は、ぜひ、この連載を最後まで読んでいただきたい。

 この連載では、ケイマンに代表される「タックスヘイブン」、または「オフショア」と呼ばれる国あるいは地域について述べることにする。それが現代の世界経済のなかで果たしている機能と、問題を解明する。ここから世界を見るのは、いわば、「世界を裏から見る」ことを意味する。それによって世界経済の真実の構造がわかる。

 この作業は、知的好奇心を大いにそそるものだ。ただし、私がこの作業に惹かれている理由は、単なる知的興味だけではない。じつは、日本の活性化の触媒にできると、考えているのである。

 「これこそが日本の将来のモデルなのだ」といったら、納得していただけるだろうか? いまの段階では、まだ納得していただけないだろう。しかし、この連載を最後まで読んでいただければ、これこそが活性化の切り札であると、わかっていただけるだろう。私はそう信じている。

 いま日本政府は、「15兆円規模の追加経済対策」を策定しようとしている。それが、国家資金の奪い合いになることは、目に見えている。「そんなことをするより、日本にケイマンをつくるほうがずっとよい」と、私は思う。

 いや、これは、私が思いついたアイディアではない。まさにこれこそが、30年前に��小平が中国でやったことなのだ。この考えは、世界を変えるほどの潜在力をもっているのである。

野口悠紀雄(のぐち ゆきお)早稲田大学教授

筆者略歴:1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2005年4月より早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。

野口悠紀雄(早稲田大学教授)

WEB連載 バックナンバー

WEB特別企画

「GreenWorkplace」で実現する「節電でも成果が挙がる働き方」 東日本大震災による影響で、東日本を中心に全国的に節電に取り組む必要が出てきた…

「我慢する節電」から「快適な省エネ」へ

今日から効果が上がる「ストレスゼロ・テクニック」とは?
社内や取引先との人間関係、重いノルマや責任など、ビジネスマンはストレスにさらされ続けている。ストレスを抱えていると仕事のパフォーマンスが悪くなり、さらなるストレスを生むこともしばしば…

つらい環境や嫌な相手は変えられなくても、ストレスは軽くできる!

「コンプライアンス」という言葉はきっと耳にしているはず。だが、その意味するところをほんとうに理解しているだろうか? 日本にコンプライアンスの考え方が本格的に導入された時点から、そのルールづくりに携わってきた野村修也先生に、誤解されがちな「コンプライアンスの真の意味」についてうかがった。

誤解したままでは、会社も個人も思わぬ失敗に陥る可能性が……

温室効果ガスの削減など、環境問題に注目が集まるなか、石油はともすれば「悪しき要因」としてばかり取り上げられがちである。しかし、無資源国であるわが国にとって…

低炭素社会に向けた石油産業の取り組み

悩める個人投資家に朗報!
元為替チーフディーラーの両雄が�牴射鄙蠑譴任眈,討覘疆蟷駛,鯏按貉愼遏�

普通のサラリーマンのための賢いFX投資&ツール活用術

WEB連載

木内博一 (農事組合法人「和郷園」代表理事)

当連載が本になりました!
『最強の農家のつくり方』(定価1,470円)
「農業界の革命児」が語る成功の方程式と日本再生への構想をぜひ、ご一読ください。

『最強の農家のつくり方』

斎藤 環(精神科医)

フィクションとリアルの混同とは何か。サブカルチャーに精通する精神科医が、映画、漫画、小説などから読み解く現代世相
第2回 あらゆる関係はS−Mである

「虚構」は「現実」である

野口悠紀雄(早稲田大学教授)

「オフショア」「タックスヘイブン」の姿を知ることで、日本経済の問題点と進むべき道が見えてくる!
第2回 タックスヘイブンは存在悪か?

『現代版宝島物語――「オフショア」の秘密』

通販のユーコー

ビットウェイ・ブックス

ビデオ アーカイブズ プラス

トップ頁 > WEB連載 > WEB連載 『現代版宝島物語――「オフショア」の秘密』 > 第1回 第1回 日本経済を裏から見る「視点」