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第25回「韓国哨戒艦沈没事件と中朝関係」

国際戦略研究センター主任研究員 前田宏子

 3月に発生した韓国の哨戒艦「天安」沈没が、北朝鮮の魚雷攻撃によって引き起こされたという調査報告が公表されて以降、例によって、中国は国際社会からの圧力と北朝鮮への配慮との間で板挟みになっている。

 昨年末頃から、中国は北朝鮮との関係改善と六カ国協議再開に向けて積極的に働きかけてきた。北朝鮮が昨年のデノミ政策の失敗から経済支援を渇望しているという事情もあり、哨戒艦沈没事件が発生するまでは、支援と引き換えに、北朝鮮が六カ国協議に復帰する可能性も高いのではという期待が高まっていたのである。

 しかし3月に「天安」沈没事件が発生すると、朝鮮半島の緊張状態が一気に高まり、とても近い将来に六カ国協議の再開が望めるような状況ではなくなってしまった。北朝鮮が問題を起こすたびに、中国は北朝鮮への対応を巡って国際的に難しい立場に追い込まれる。中国の政策担当者らも、正直、北朝鮮の行動に「またか」と苛立ちを覚えたに違いないが、たとえ北朝鮮に対し大きな不満を抱えていても、中国は北朝鮮を見捨てることはできない。(その理由については、以前記述したものがあるので、そちらをご参照いただきたい。 http://voiceplus-php.jp/archive/detail.jsp?id=274 )

 5月20日に、韓国ほか4カ国の専門家が参加した合同調査団の報告が発表されると、中国は各国に冷静な対応を呼びかける声明を出す一方、事件が北朝鮮によって引き起こされたという報告書の内容については認めず、事態の趨勢を見守る立場をとった。5月末には、米中戦略経済対話、中韓、日中韓、日中の首脳会談が開催され、その度に中国は日米韓と共同歩調を取るよう求められたが、曖昧な態度を維持したままであった。

 ただ、温家宝首相は「中国は客観的、公正に判断し、誰もかばうことはしない」と述べるなど、北朝鮮に対し、若干距離を取るような発言も見られた。中国としては、北朝鮮に対して制裁を課すのは避けたいが、国際社会の非難が強まり、北朝鮮をそれ以上かばうのが難しいという状況になれば、制裁を課すことには同意し、その中身を緩和するよう働きかけることも想定していたのではないかと思われる。

 しかし、6月頭に韓国で行われた統一地方選挙で、北朝鮮に対し厳しい立場を示す与党が敗北してから、中国の態度は再び後退した。与党であるハンナラ党敗北の原因の一つは、韓国の人々が、南北間の緊張が高まり軍事衝突に発展するのを恐れたためという見方がメディアなどで示されたが、この選挙の結果に、中国は密かに安堵したことであろう。というのも、韓国の李明博政権が、北朝鮮に対し厳しい制裁を求めることは困難になったためであり、目下のところ、中国が日米韓に歩み寄る可能性はより小さくなっている。

 「天安」沈没事件に関する中国国内の反応はどうであったか。中国のメディアは、外国メディアの報道や事実を伝えるのみで、「冷静な対応が重要である」という政府の主張を繰り返していた。今回の件に限ったことではないが、少なからぬ中国人は、日米韓が中国に対し北朝鮮の行動を制御するよう求めることに関して「中国は尻拭いをさせられている」と不満を感じている。韓国に対しては「北朝鮮の問題については、韓国がより責任をもって対処すべきなのに、中国に要求ばかりしている。そもそも李明博政権の対北強硬政策が現在の朝鮮半島危機を招いたのであって、自分たちの失敗のツケを中国に回している」と不満を述べる。日米に対しては「朝鮮半島危機が高まると、日米同盟は強化され、日本は軍備増強の口実ができる。両国とも北朝鮮に対し不満を述べるばかりで、最終的には好都合な結果を得ているではないか。中国は北朝鮮に対する支援も行っているのに、何か問題が起こると北朝鮮を何とかしろと要求され、非難され、一番損な役回りである」という意見がよく見られる。これらは、中国の北朝鮮政策への批判に対する反論というより、愚痴といったほうが相応しい気がするが、知識人レベルでも、よく見られる見解である。

 では、中国の人々は北朝鮮に対し好意をもっているのかというと、そういうわけでもない。例えばBBCが今年4月に発表した世論調査では、中国の北朝鮮に対するプラス評価は、前回の42%から24%へと18ポイント低下している。中国でも「なぜ、中国が北朝鮮支援を続けなければならないのか」という庶民の不満は強まっている。中国政府が、「天安」沈没の原因は北朝鮮の攻撃によるもの、という韓国の主張を認めていないことについても、中国のネットでは「(中国同様、調査団の報告を認めていない)ロシアは独自の調査団を韓国に派遣するのに、なぜ中国は派遣しないのか」というような書き込みも見られた。

 それゆえ、6月頭に中朝国境で、中国人が北朝鮮の警備隊に射殺される事件が発生したときには、中国政府はこの事件の影響を最小限にとどめるよう迅速な手を打った。事件が発生したのは4日だが、中国政府がそのことを公表したのは8日である。中国外交部は北朝鮮に対し抗議を行ったが、それに対して北朝鮮はすぐに、事件はあくまで偶発的なものであり関係者を厳罰に処すと応え、また遺族に対して見舞いの意を表明したのであった。ある中国人研究者は「中朝間には過去にも同様の事件はあったが、政府が見解を公表することなどなかった。今回外国メディアがこの事件に高い関心を寄せるのは、天安事件のせいで中朝関係が注目されているからだろう。中国政府の対応におかしな点は何もないし、この問題は両国間で正常に処理され、中朝関係に影響を及ぼすことはない」(『環球時報』6月10日)と述べているが、その言葉通り、中朝両国はこの問題をやり過ごすことに成功したようである。中国民衆の対北感情が悪化すれば、中国政府は対北政策に関して国内からも圧力を受けることになり、そのような事態は何としても避けたかったためである。

 ところで、日本政府は韓国の哨戒艦沈没事件に関して、中国に対し、日韓などと協力して対処するよう呼びかけている。それは当然としても、今回は、日本はどう対応すべきなのかという議論があまり見られなかった気がする。たとえば戦略国際問題研究所(CSIS)が主催したセミナーで、中国専門家のトーマス・クリステンセン氏は「もし私が日本の安全保障戦略家で、日本政府に進言する立場にあるなら、北朝鮮の行動に対処するため、高速で精密な攻撃兵器を開発するよう提言する。それが中国の対北朝鮮政策に対する圧力にもなる」と述べていた( http://csis.org/event/chinas-role-post-cheonan-korean-peninsula )。氏の意見は特に目新しいものというわけではないが、今回、日本国内でそのような議論はほとんど見受けられなかった。普天間、日米同盟、日本の政局の問題に関心が集中していたせいであろうが、日本国内の事情と関係なく、国際政治は動いている。新しい政権には、速やかに日米同盟を正常化して、それ以外の問題にも積極的に取り組んでいくことを期待したい。

(2010年06月25日掲載。*無断転載禁止)
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前田宏子(PHP総合研究所主任研究員)

略歴:1996年大阪大学法学部卒業。1999年京都大学法学研究科修士課程修了。同年、PHP総合研究所入社、中国外交や日本の安全保障政策の研究に従事。2003年中国清華大学へ留学、04〜05年にかけて中国社会科学院当代中国研究所訪問研究員。2005年より慶應義塾大学グローバルセキュリティーセンター客員研究員、07年より同大学現代中国研究センター研究協力者。

前田宏子(PHP総合研究所主任研究員)

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