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第22回「2009年中国の上昇と中国観」

国際戦略研究センター主任研究員 前田宏子

 2009年は、世界における中国の存在感が著しく向上した年となった。かつて中国について論じるときは「地域大国だが世界的な大国(スーパー・パワー)ではない」というのが決まり文句のようになっていたが、もはや「地域大国」の枠には到底収まらない。かつてのソ連やアメリカにはまだまだ及ばないが、中国がグローバル・パワーであることは衆人の認めるところであろう。

 2009年に中国の存在感が急に大きくなった理由の一つは、言うまでもなく世界的な金融危機にある。少し過去を振り返れば「2008年北京オリンピック後には中国経済は失速し、社会は不安定に陥る」という議論も少なからず存在した。

 中国に対する見方は、本当によくブレる。天安門事件の後は「中国は遠からず崩壊する」という中国崩壊論が雨後の筍のように登場した。1998年、当時学生だった私は指導教授との雑談の中で「少し前まであれだけ"中国崩壊論"が叫ばれていたのに、最近中国、中国と注目されるようになったのはどういうわけだろうね」と問われ、「��小平が亡くなれば共産党は崩壊すると言っていたのに、そうなってないからではないですか」と答えたことを覚えている。いま考えれば、アジア通貨危機後に中国が人民元を切り下げなかったことや、朱鎔基首相(当時)が中国の国内経済改革を推進する姿勢を示したことが、中国に対する評価を高めたのだろう。

 これまで「中国崩壊論」をじっくり読むことはあまりなかったのだが、いまは、逆にそれらを読み返し、なぜその予測が外れたのかを検証することが重要だという気がしている。現在の中国に対する議論は、上述したのとは反対で、実態より期待が高まりすぎている感がある。中国の経済成長率は、今年は8%という目標を達成し、来年は9%ほどになるのではないかと予測されているが、中国が国内に多くの不安要因を抱えているのはここで改めて指摘するまでもない。

 中国に関する議論がブレるのは、中国という国の巨大さと複雑さもさることながら、多くの人が、中国に対し良いイメージであれ悪いイメージであれ、偏見を抱いているからであろう。例えば「中国も経済成長すれば民主化する」という見方も「中国は一党独裁の国である」という見方も、大筋では間違っていないが、そう述べるとき、既に固定されたイメージに縛られて実態への関心を失っていないか注意すべきだ。

 「経済成長すれば民主化する」というが、中国の都市部における経済水準はすでに途上国レベルを超えているのに、民主化はなかなか進まない。「一人当たりGDPがまだ低い」とよく言われるが、問題は一人当たりの収入だけではなく、格差にある。中国都市部の中産階級以上の人々と話していると、みな共産党や政府には大いに不満を抱いているが、「民主化を積極的に推進すべき」という人はほとんどいない。彼らは既得権益者かもしれないが、彼らとて現在の状態がずっと続くことが望ましいと考えているわけではない。貧しい農民や出稼ぎ労働者に同情してもいる。その態度は、韓国の人々の北朝鮮に対するそれに似ていると言っていいかもしれない。同じ民族としてシンパシーも持ち、いずれ統一したいと考えているが、拙速な統一は多大な混乱と負担を招くと懸念する。中国人は、民主化を進めるのは、パンドラの箱を開けるようなものと感じているのかもしれない。

 「一党独裁」を実施している中国共産党は、確かに強大な権力を握っている反面、社会のさまざまな分野をコントロールすることができていない。共産党の支配を揺るがすような批判や台湾・少数民族政策での批判はタブーであるが、行政に対する批判、役人の汚職や能力に関する批判は媒体でもインターネット上でも盛んになされている。そして、中国共産党も、世論を無視することはできなくなっている。

 高い経済成長を続け、国際的な発言力を増す"昇竜"も、数年以内に生産年齢人口は減少し始め、社会保障制度の整備は手についたばかり、山積する国内問題の解決は時間との競争で、内実は大変な状況にある。だがこの中国が、実益、潜在的可能性、そして不確実性という面からも、ますます日本にとって重要な国になりつつあり、だからこそ偏見に基づいて対中政策を講じることは許されない。2009年は、各国とも不景気に苦しむ中、中国の経済成長を頼みにし、そのマイナス面をあえて見ない振りをする傾向も見受けられた。その賛否はともかく、見えているが見えていない振りをするのと、本当に見えていないのとでは、講じる政策にも当然違いが出てこよう。

 中国との関係から得られる利益を最大化し、リスクを減らすためには、この国を一つのイメージや固定した概念で捉えようとしてはならない。実際にはなかなか難しいが、偏見を排した目で、この巨大で複雑な国を見ていく努力が必要である。

(2010年01月07日掲載。*無断転載禁止)
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前田宏子(PHP総合研究所主任研究員)

略歴:1996年大阪大学法学部卒業。1999年京都大学法学研究科修士課程修了。同年、PHP総合研究所入社、中国外交や日本の安全保障政策の研究に従事。2003年中国清華大学へ留学、04〜05年にかけて中国社会科学院当代中国研究所訪問研究員。2005年より慶應義塾大学グローバルセキュリティーセンター客員研究員、07年より同大学現代中国研究センター研究協力者。

前田宏子(PHP総合研究所主任研究員)

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